私事
February 09, 2012
20代最後のいちにち。
20代最後の日は
吹雪でしたw
こんにちわ、yuriです
ちょっと20代を振り返ってみようと思います。
20歳になったのは2002年か。
2002年をwikiでみてみたらこんな情報があった。
>1/21 全日空391便函館空港着陸失敗事故。機体が中破し3人が負傷した。
こんなのあったっけ??
>大暖冬異変、雪不足の影響。
今年の雪を分けてあげたい。
>元ちとせの『ワダツミの木』がヒット
>Dragon Ash、『Life goes on』、『FANTASISTA』がヒット
>平井堅の『大きな古時計』がヒット
おぉぉwなっつかしー!
成人式とかいったんだなぁ。
仕事は104で働いてたよ^^。振袖みせに行ったもん。
夜はcafeで働いてたなー。
バンドもやってたw
あと何してたかなー。
結構思い出せなくて残念・・・。
でもそのころは函館を出たかった。
毎年春がちかづくと
なにを理由に函館を出るかばかり考えていたかもね。
函館ではなにもできないと思っていたから。
あんな夢、こんな夢をいつも外につくってた。
けど、大切なことを教えてくれたひとが2人いたんだ。
函館を出ようとしたときに
唯一とめてくれたひと。
あと
東京と函館で事業を展開する女社長が
東京にいきたいなら、函館にいながらいける方法はないの?
っていわれた。
それからそれから。
いざ函館を出ようとおもったときには
函館に大切な人がどんどん増えていて
私は、この人たちと同じ環境の中にいたい。
大切な人たちが応援してくれるから頑張れるって思ったんだ。
27歳に起業する。
未来の目標としてこれだけ定めて
ただ日々を一つでも多く頑張ることに努めた。
なにをやるの?
なにをめざすの?
なにも決まらなかったけど
もう少し視野が広がれば
新しいものが見えるかもしれないと信じて
ひとつ丘を登ったのが26歳とき。
2008年10月 むげん空間 小春日和をオープン。
3年間はがむしゃらだっただけかもしれない。
とにかく多くの人に出会いたい。
たくさんの刺激とひろい視野がほしかった。
どんなことでも経験したくて
どんなことでも飛び込んでみた。
3年目になる2011年。
沢山の宝物がこんなにもそばにあることに気付いた。
歩んできた道が間違いではなかった、素晴らしい出会いの数々によってたどり着いた
仲間との出会い。
3年目にまた1に戻る感じで
株式会社を設立。(2011年8月1日)
インフィニティスペースとは、
小春日和という名前とともに候補にでていた名前。
カタカナを名乗るのはなんとなく気恥ずかしくて
インフィニティ=無限
スペース=空間
むげん空間 小春日和 という命名をしたわけだけど
やっとここに戻ってきたような気がしている。
また1から始める。
だけど、いま、とても大きな力を感じながらスタート地点にいる。
未来がどうなるかはわからないけれど
勇気と力を支えてくれるみんなの存在があるから
理由なんかなくったって、大丈夫だって思えるよ。
そして、いまは、わたしがやらなきゃって思うことがいっぱいあって、
だって、わたしがやろうとしてくれることを期待してくれているみんなの笑顔が浮かぶから
その存在がいまの私のパワー源になっている。
30歳になるよ。
今年、たくさんのことを具体的にしていくつもり。
じゃんじゃんいきます。
★函館がもっと楽しくて、もっと働けるまちになるために。
ありがとう20代の今日の私。
よろしくね、30代の明日の私。
February 06, 2012
February 04, 2012
宝物。
こんにちわ、yuriです
もうすぐ、30歳です。。。
宝物がいっぱい増えました。
なにがきっかけだったのかな、って思ったら
人を信じれるようになりたいと、本気で思った20代のはじめころの気持ち。
それまでは
未来なんてわかんないって思ってたし
自分に自信がもてなかったし
人を信じることができなかった。
いまも
未来なんてわかんないし
自分に自信をもたないけど
人を信じまくっている。
人を信じることが難しいときもそりゃあるけど
タイミングが違うだけなんだっておもうから
いつか信じあえるときもあるかもしれない。
いまは
宝物のような人たちが
もがいていたり
くるしんでいたり
なやんでいたりしてて
もっと自分に力があれば
誰かの力になれるのにっておもうから
もっともっと大きな力をつけたいとおもう。
みんなの夢をたくさんあつめて
みんなで叶えていこう。
そんな宝物に出会えて、幸せだなぁっておもう。
February 01, 2012
January 31, 2012
函館の素晴らしさを発信したい。
今年はいろいろ面白いことが
函館でも湧き出していくんじゃないかなと感じている今日この頃です
こんにちわ、yuriです!
先日、新幹線に関してのセミナーがあり出席してみましたが
実は私自身、新幹線の動きに関してなにも知らないままでした。
新函館駅(仮称)新幹線に関しての私が思うキーワード
・新函館駅は北斗市に駅があること
→本来の函館駅まで従来線が経営分離される。
→新幹線で北海道入りする人が、どうやったら函館市内での観光に足を延ばしてくれるか。
・函館には観光資源が沢山あるが・・・
→世界三大夜景・景観・歴史・文化的資源・食・温泉・西部地区の建築物、、、。
・函館に訪れる人はどんな期待を抱いているか。
→憧れ、一度は行ってみたい街
・実際に函館を訪れて、感じているものはなにか。
→海鮮が美味しい、食べ物がおいしい、素敵な街・・・・・・・・・?
・外から見て、函館のもったいないところはどこか
→PRができていない、もっと売れるものがあるのにやっていない。
・函館のことを市外の方に話したときの反応。
→そんな素敵なところがあるの!?
→(バル街)行ってみたい!行くならその時に合わせていく!
→地元の人がいくお店に行きたい
→いったことないー行ってみたいけど、行く機会がない。(札幌)
どうしたら、もっと函館に人が来てくれるか?
どうしたら、もっと函館の人が楽しめる街になるのか。
毎日毎秒そんなことばかり考えています。
こんなに素敵な街だということは住んでいる自分が一番よくわかっていて
でも、住んでいる自分が一番なにもできていない。
もっともっと函館の楽しさ、面白さ、素敵さ、素晴らしさの発信がしたい。
そしてそれらを地域の経済に落としていきたいのです。
December 18, 2011
福島県サンタちゃんからのプレゼントが届いたよん!!
こんばんわ♪yuriです!
めっちゃうれしいプレゼント。
手作りのリース♪

とうわって、
私の将来の旦那様です

過去のブログにも書きましたが
夏休みに福島県から58名のご家族の受け入れサポートをやっていて
すばらしい出会いと笑顔の日々をいただきました。
そのときに出会った旦那様といまは離れ離れ。

えいとはとうわのお兄さん。
わたしの将来のお兄さま!
お母さんから、のお手紙には
3人で一緒にリースを作りましたって書かれてて
函館の冬はすっかり寒い中で
心が温かくなったのです

リースは小春日和のツリーに飾りました


***
今日は
函館むすびばという被災者サポート団体の交流会を開催していました。
福島県はいまも原発事故の不安の中に包まれています。
函館に避難しているご家族と話をしました。
「ほんの少しでも被ばくをさせたくない。」
お父さんを残して避難している母子。
そして、このプレゼントを送ってくれた子供たちとお母さんは
いつも不安な生活を送っています。
東日本大震災がもたらした
多くの悲しみ。
災害は誰を責めることもできないですが
原発は人の手で作られてきたものです。
原発問題はこれからの未来に向かって
ひとりひとりが真剣に考え、国に訴えていかなければならない問題です。
わたしたちは函館に住んでいますが
わたしたち自身の問題として
どうかみなさんで考えたいと思います。
函館の海の向こう18km先には
大間原発が建設途中で、
いままさに訴訟の最中にあります。
この問題について、もっと多くの理解が必要です。
そして私たちのつねに自由な判断によって
これからの日本のあるべき姿を
自分の手で作り出せるように
みんなで考えたい。
ひとりひとりは小さな存在ではないことを
どうか知ってください。
どんなに遠く離れていても
私たちは必ずどこかで皆とつながっています。
December 10, 2011
December 03, 2011
若さという価値。
yuriです!今日は大学生のお客様が多かったです

教育大学生
北大水産学部生
未来大学生今年来たばかりの1年生から
卒業を控えた4年生まで。
入れ替わり立ち代わりでした

今日というか、最近

大学生のお客様が多くなってきたかな。
11月に絵画展をしてくれたサークルのみんなや
12月これから、写真展を開催してくれるメンバーや
学生記者をしていて、取材に来てくれたり。
将来の夢は“ニート”と語る、笑顔がかわゆい
女子大生。みんなそれぞれの想いを聞きながら
夢と希望と、不安と葛藤が入り混じった
若いキラキラの目を見つめていると
たくさん元気をもらうし
なにか少しでも、素敵な発見に出会える時間だといいなーって
私なりにウキウキして時間を過ごしていました。
お話できるのがとても楽しい。
若いエネルギーって、それだけで価値があると思うんだ。
うーん。
うまく言えないけど

今日も
素敵な出会いと
素敵な時間を過ごして
おなかいっぱいです

今日もみなさま、ありがとう

November 28, 2011
働く環境つくりたい。

珍しく日に2件も日記を書いています。
函館も、やはり、なのか
・働く場所がなく若い人たちが残らない
・働く場所があっても、仕事にいきがい・やりがいをみいだせない。
・働いても働いても、努力の成果を認められない。
・なんのために働いているのかわからない。
そんな憤り、あたりまえのようにあって。
“仕事ってそんなもん”とか“しょうがないよ”って
そんな言葉で片付けたくない。
私が初めて“働いた”のは
高校1年生のとき、神社のお祭りでやきそばを焼いたとき。
受け取った3000円がとっても嬉しかった。
その喜びを忘れられず、コンビニでアルバイトを始めたのはすぐあと。
部活動が休みの火曜日と
部活が昼間で終わる土日の週3日間、3年間働いた。
実家が自営業で
小学生入って間もないときから店頭に立っていたので
接客業に抵抗がなかった。
常連さんと、笑顔でやりとりするのが楽しくてたまらなかった。
一緒に働いている人と、年齢を超えて会話をしたり、
共通の趣味で遊びに行ったりするのが楽しかった。
社会というものに、比較的早く、楽しみを見いだせたと思っている。
働くことの難しさの中にある、喜び。
いつか、なにか、でかいことやりたい。
そう思って10代、20代を過ごしてきた気がする。
函館を出て、一花咲かせよう。
函館を出なければ、成功できない。
そんなことを考えていた時期もあったけど
わたしは函館がとっても大切だし
いつまでも、こころ豊かに暮らしたいとつくづく思うし
そのためには函館にもっともっと元気になってほしいと思う。
誰かがやらなければ。
なにかを始めなければ、なにも始まらない。
バブルを経験したことはないが
過去を振り返り嘆くのではなく、
今の景気があたりまえだと思うならば
挑戦できる舞台は必ずある。
今の時代に生きていることは
わたしはとても魅力的だと思っている。
いままで
たくさんの出会いをもらってきた。
いま
素敵な仲間もいて
とても良い環境に置かれている自分がいる。
ならば、やれることは、ある。
そして、函館がもっとイキイキと働ける環境をつくるのだ。
きっと函館は、もっと素晴らしくなるよ。
未来はいつでも可能性に満ち溢れている。
最近の私?

どうしよう、ひさびさのブログです

筆不精ですみません。。。
最近私は
■函館トリエンナーレ(アートイベント)
■函館・むすびば(震災関連)
■海炭市叙景DVD発売!!
■まなびっとフェス(一日だけのお手伝いですが)
■美しいまちづくり検討会
■ハープロ??チーム小春日和??
■小春日和のイベント
■作戦会議(秘密
)↑このくりかえしくりかえしの日々を過ごしていました。
先週末は素敵な出会いもありましたヨ

あ
1月韓国行くかも??↑仕事で
(??)だといいなー。仕事であちこち行きたいです

なんか大きなことが始まりそうでまだ顕然化には至っていませんが
そろそろ爆発するかもしれません


さぁ、ますます、がんばるぞっっ


